2008.06.28 「新沼謙治」
なつさきてんじくあおい
日記08年06月28日(土)です。予報通りです。お早うございます。
 本日お誕生日の皆さん。「オメデトウ加藤 彩(タレント1990)ネゴ・シックス(タレント1978)
「夏咲天竺葵」(なつざきてんじくあおい)《ゼらニューム》を「花言葉」切ない望み
高校1年になった時、電車通学に変えた時、2両しかない田舎の単線電車で見かけた
2つ上の先輩に「一目ぼれ」をしてしまい、あらゆる手段で情報を仕入れて、同級生のお姉さんだと
いう事が解り、早速その同級生に近づきました。登下校時に無理やり時間を合わせて接近している
うちに、彼女も気配を感じたのか、意識をし始めたのですが、何故か二人連れでの行動に
なかなか声をかける事が出来ずに時間だけが無常にも過ぎていきました。
そのうち連れの先輩と話をするようになり、彼女から「気持ち」を伝えてもらったのですが、
当時NO1だった彼女への「切ない望み」は、「ブチッ」という音とともにてしまいました。
 昨夜はTVで久し振りに懐かしいスターの顔とエピソードの番組を観ていました。
 メル友さんが「私の元アイドルです」と紹介された私のプチライバル
「新沼謙治」(本名同じ)〈1956/ 2・27生>もう彼も52歳なんですね。
岩手県大船渡市出身。中学卒業集団就職で栃木県宇都宮市の左官業として働くのですが、
1975年 日本テレビ系の「スター誕生」のオーディションに5度目の予選で合格して本選で
     五木ひろしの「哀恋記」を歌って見事合格をして
1976年 2/ 1日本コロンビア(現コロムビアミュージックエンテイメイト)から「おもいで岬」でデビュー       「嫁に来ないか」でブレイクするも、当初は方言(なまり)で随分悩んだそうです。
       そんな彼を助けてくれたのが、今は亡きあの「パンツ事件」で有名だった
       超大物俳優「勝 新太郎」だったそうです。ある日「勝」が彼に言った話
       「君は、何時か演歌界の大木になる。大木には土(方言)が必要だから今のまま
        頑張りなさい。」と励まされて、以来今日まで、ず〜とデビュー当時の「方言」と
       人なつっこい顔は全く変わっていませんでした。メル友さんがファンになった気持ちが
       解った様な気がしました。私生活では、趣味のバドミントが高じて、バドミント全英オープン
       4連覇した世界的代表選手「湯木博美」と結婚したのです。又愛鳩家としても有名です。        名前をもじって「ニイヌ・マッケンジー」とも呼ばれているそうです。
「嫁に来ないか」 作詞 阿久 悠 作曲 川口 真 
 嫁に来ないか ぼくのところへ さくら色した 君がほしいよ 日の暮れの公園でギターを弾いて
 なぜかしら忘れ物している気になった しあわせという奴を探してあげるから
 嫁に嫁に来ないか からだひとつで・・・。 
 メル友さんもこの歌で「プロポーズ」されて「お嫁」にいったのでしょうか

 「娘達も何時かは《お嫁》にいくのでしょう。プロポーズの言葉はしっかり覚えておいて下さい。
  後で必ず思い出す時がやってきますよ。それまで大切に心にしまっておいて下さい。
 いつでも誰にでも優しい強い心を持った素敵な女性になって下さい。
 父はいつも貴方達の幸せを願っています。愛しています。いちまでも。いつまでも。」
       お友達の皆さんもプロポーズの「言葉」を覚えていますか?   しんさくより
       「プロポーズ 言った事さえ 忘れたり

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